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嘘つきパラドクス
「ルルーシュ・ランペルージは嘘吐きである」とルルーシュ・ランペルージは言った。さて嘘か真か?
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2024-04-26 [Fri]
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2008-09-30 [Tue]
25話、ルルーシュ死亡後。

このくらいはしてくれると信じてる。




 ゼロを呼ぶ歓喜に満ちた声を、ルルーシュを罵る憎悪に満ちた声を、沢山の手で解放されながらカレンは聞いていた。

 助かって良かった。
 これで自由だ。
 ゼロ万歳!!
 悪逆皇帝は滅んだ、ゼロが解放してくれた!!
 ゼロはやっぱり正しかったのだ!!
 思い知れルルーシュ、世紀の極悪人!!
 ゼロこそが世界を救った!!

(――――違う、違う違う違う違う違う、違うの!!)

 叫びたかった。
 彼こそが世界を救ったのだ。割れた世界を一つにまとめ、全ての憎しみを受け取って散る事で、人々の願いを叶えたのだ。
 ルルーシュこそが―――ゼロこそが!!

 だが、それを言葉にする事は許されない。
 人々の賛美を受ける『ゼロ』は血を払った刃をしまいもせず、常なら既に何か言葉を発しているだろうに、何も言わずに段下の人々―――骸となった兄に縋り泣き叫ぶ少女を見つめていた。
 自分が知るよりも幾分がっしりとした体。重たげなマントを物ともせず軽々と走り抜けた脚。重たげな大剣を振るう腕。
 ゼロを知る者が知らない、『ゼロ』。
 それが意味する事に、そしてこの状況があらわす全てに、隣に呆然と立つ藤堂は気づいたのだろう。人にもみくちゃにされないよう天子を抱き上げた星刻もまた。愕然と人々にもまれる扇も。ただ一人神楽耶だけが涙を、嗚咽を洩らしながら、髪が地面をこするほどに深く頭を下げていた。

 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!

 人々の声が響き渡る。
 なのに、それを切り裂く悲鳴にも似た少女の泣き声はかき消されない。歓喜に満ちる世界の中、ただ一つ深い絶望に溢れたその声。
 耳を塞ぎたかった。
 少女がどれほど兄を慕っていたか、カレンは誰よりも知っている。兄が少女をどれだけ愛していたかも。だからこそ、塞いではいけなかった。見つめるのをやめてはならなかった。

 やがて何処からか石が飛来した。
 それは少女にも骸にも当たりはしなかったが、人々の中に明確な意思を生み出した。
 二つ、三つ。
 世も末と泣き叫ぶ少女と、誰にも理解されなかった英雄の身体に向けて、冷たい石が投じられる。

 吊るせ!!
 悪逆皇帝を吊るせ!!
 首を切って晒してやれ!!
 殴らせろ!!

 歓喜から一転、悪意に満ちた声に、それを実行しようと走り出した群集に、藤堂が飛び出しかけるのを腕を掴んで止める。
 群集の邪魔をしてはならない。それは『彼ら』の起こした奇跡を踏みにじる好意だ。『彼ら』の決意の、行動の、その最悪にして最上の結果を邪魔してはいけない。
 思いを篭めて腕を握る。振り返った藤堂がはっと息を呑み、耐えるように小さく謝罪を呟いた。

 人々が御料車へよじ登る。
 誰かが骸を蹴りつけた事で周囲に気づいたらしい少女が骸を深く深く抱きこみ、怒りに満ちた拳が、蹴りが、少女をも襲おうと振り上げられた、その時。



「静まれ!!!」



 御料車の上から沈黙でもって全てを見ていた『ゼロ』が声を上げた。
 鋭い怒りを孕んだ声に、人々の動きが止まった。静まり返ったパレード会場に、少女の、そして誰かの嗚咽が小さくこだまする。
 人々の注目が十分に集まった事を知ったのだろう。『ゼロ』が声を発した。

「悪逆皇帝ルルーシュは死んだ。私が殺した」

 低く、語る声。変声機ごしの、だが間違いなく違う声。

「数多の悲しみを、怒りを、絶望を生んだ皇帝は今ここに墜ちた。
 恐怖で彩られたこの二月の間、君達がどれほど嘆き悲しんだか、私もよく理解している。拳でもって、或いは刃でもってその遺骸を貶めたいと望むほどに怒りを抱いている事も。
 それでいい。
 君達はもう自由なのだから。
 言葉を押さえつけられる事も無く、天上から降る恐怖におびえる事もない、本当の自由だ。最も尊い意思を押さえつけられ続けた怒りをぶつける事は間違いではない」

 わあ、と歓声が上がりかけ、しかし押えるように上げられた左手に再び沈黙がおりた。

「だが、その前に君達に問おう。君達はこの光景を知っているはずだ」

 どよめきが湧き上がる。戸惑う人々の視線を誘導するように、未だ血の滴る大剣がゆっくりと持ち上がり、段下を示した。
 そこにいるのは。



「…ぃ、様……おにいさま…嫌です、嫌…」

 か細い泣き声。
 ただ一人その遺骸を護ろうと掻き抱く細い腕。
 ぐたりと投げ出された体が、儚い少女の拘束に抗う事はない。
 身を切るような懇願に、答える事は、ない。



 そこにいるのは、たった一人の兄を亡くした絶望に泣く、少女だった。

 群集のどよめきが広がる。
 あちこちで戸惑いと怒りの声が零れ始めるのを、『ゼロ』は黙って見ていた。
 ただ、見ていた。
 それに気づいた群集は徐々に言葉を潜め、次々と『ゼロ』を見上げ始める。まるでそこに正しい答えが、導きがあると言わんばかりに。

「諸君。私は優しい世界を望んでいる」

 優しい声だった。

「だからこそ、私は起った。だからこそ、合衆国を望んだ。他人を傷つける事のない優しい国を」

 静かな声だった。

「改めて、私は君達に問おう。この光景を、君達は知っているはずだ」

 カレンは知っていた。
 藤堂も、扇も、神楽耶も、そして群集も。

 あれは自分だ。
 大事なものを奪われて嘆く、過去の自分だ。

 あれほど膨れ上がっていた怒りが静まっていく。消えることなく燻ってはいるものの、今この時、少女に向けることを躊躇う程度には。
 静かに大剣が掲げられる。
 鋭く、血塗れた刃に群集がかすかに息を呑んだ。

「……諸君、私は全ての嘆きと怒りの代替としてこの刃を振るった。
 優しい世界を求めながら刃でもってしか終わらせる事が出来なかった事を私は嘆かわしいと思う。語り合うことでなく、同等の暴虐でもってしか終わらせる事が出来なかった。
 だからこそ私は君達に初めて請おう―――許しを。
 彼女の兄を安らかに眠らせる事を、許して欲しい。
 彼の墓標を我らが築く事はないだろう。それだけの行いをしたのだから。
 だが、我らにとっては憎しみ絶えぬ悪逆非道の卑劣漢であっても、彼女にとってはただ一人の兄だった。世界の安寧と引き換えに、彼女は唯一の兄を亡くした。しかも目の前でその命を奪われた。此れほどの悲劇があるだろうか?
 これ以上の嘆きを私は欲しない。世界は既に救われた。ならば、彼女の悲しみでもって、全ての負の連鎖を終わらせなければならない。既に救われたものを引き合いに、悲しみを石打つような事は絶対にしてはならない!!
 この嘆きの声を最後の嘆きとして、世界は生まれ変わるのだ!!」

 弾ける様な歓声が沸いた。
 再び人々が『彼』の名を呼ぶ。

 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!

 集う群衆の間、数人が意志を持ってゼロを見上げた。
 答えるように『彼』は頷く。

 嘆く少女を、同じく悲劇の中で妹を喪った異母姉がそっと抱いた。
 何時の間にそこに立ったのか、異形の仮面をつけた男が物言わぬ骸に跪く。
 異母姉とその騎士によって優しく骸から遠ざけられた少女が、兄から引き離される恐怖に更なる悲鳴を上げ、しかし仮面の男の何某かの囁きに、縋らんとした両手を落として俯いた。
 騎士によって少女の拘束が解かれたのを確認すると、仮面の男は恭しい手つきで遺骸を抱き上げ歩き出す。
 『ゼロ』は止めなかった。
 最早群集の誰も皇帝の遺骸に目を向けなかった。





 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!
 ゼロ!!





 まっすぐに向かってくる仮面の男を前に、カレンは動けない。
 男は神楽耶の前で立ち止まった。
 咄嗟に扇と南が庇うように走るが、二人を押しのけて前に立ち、神楽耶はひたと皇帝の死に顔を見つめる。

「『約束どおり日本をお返しする。今まで本当にありがとう』」

 漏れた囁きにぎょっと一同仮面の男を見れば、

「我が主の伝言、確かにお伝えした」

 それだけを言い残し、男は再び歩き始めた。
 愕然と立ち尽くす扇にヴィレッタが寄り添うが、彼女自身も戸惑いを隠せないようだった。神楽耶は最早立っている事が出来ず、崩れ落ち涙を零す。友の嘆きに天子が同じく瞳を潤ませ、藤堂と星刻はそれぞれの敬礼でもって彼らの背を見送っている。

「…これが、あの二人が求めた答え」

 隣に並んだジノの声に、落とすまいと耐え続けていた涙が落ちた。
 嘆く資格など、それこそ自分にあるものか。そう思い唇を噛み締めるも、一度噴出した悲しみは止まらない。次々と溢れる涙に、嗚咽に、カレンはせめて彼に見せまいと両手で顔を覆った。



 少女の嘆きを捧げられ、世界はようやく争いをやめた。



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